ここ数日、妙に日記の内容が重たかったような・・・。
一度考え始めると、どうしても同じことをぐるぐる考え続けてしまう癖があるのだが、
下手な考え休むに似たり、という言葉もあることだし・・・。
しばらく考えたら、ぽんとその考えを手放してみてもいいかもしれない。
一度、棚上げしてみよう。
棚に上げてみたら、
またいずれ、すとんと落ちてきて考えることになるかもしれないけど、
そのときは改めて考えてみればいい。
よりよい思考が浮かべば、これぞ棚ぼたってこと?
ふと思いついた言葉が、寺山修司の『書を捨てよ 街へ出よう』だった。
このところ、あんまり天気はよくないけれど、
小春日和にお散歩なんてしてみたら、気分も変わるかもしれない。
のんびりふんわり歩いてみようか・・・。
言葉遊びに近いと割り切って。
割り切らないと、言葉と思考は堂々巡りのドツボにはまる。
自分が使った「執着」という言葉が気になって、ちらと調べたところによると、
「欲望」の根拠には「執着」があり、その下には「自我」があるのだという。
ということは、人間は執着によってつぶされる危険性もあるということか。
個人的には、自我の崩壊というのは決して悪いことではないと思うのだが、
どこまでが自我の範囲かということにもよるだろう。
自我が自己存在を認識することまでをも含めるなら、崩壊するということはマズイ。
三島が言っていた、「自我」はどこまで含むのだろう。
自我が執着や欲望を克服していけるものなら、
愛情は他者に振り向けることができるのだろうか。
自我を抑えて、他者に愛情をもつことは可能なんだろうか。
他者を喜ばせたい、それが自分の喜びとなるとしたら、
それは自我を満たしたことにはならないのだろうか。
三島のいう「自我が有り余ると、他者に愛情を振り向けるようになる」というのは
そういう意味だと思うのだが。
簡単にいえば、幸せな人は他者をも幸せにできるってことか。
いや、これはあまりに短絡的。
べったりした自我の上に、頑固に横たわる執着、そしてその上に突出していく欲望。
そんな図式が見えてくる気がする。
それは克服すべきことなのか、自らの自我に呑み込ませてしまうべきものなのか。
今年はなぜかこの人が妙にひっかかる。
今の私と同い年で自決した、という事実から来るのだろうと思うが。
彼の、学生との討論、対談などのテープを聴く機会があった。
言論の自由、フリーセックス、言葉のもつ力、そして自我と愛情について。
彼は、自分の言葉が社会的に、もしくは他人に通用するか、というのが
自身の文学の起点だと言った。そして、学生の前では、文学者としての言葉を遣わず、
個人としての言葉を遣う、と。
泰然として、彼は言葉を信じていると話す。
言論の自由やフリーセックスについての考え方も、非常に論理的だ。
文武両道、というのは最終的に一致点がなければいけない、というのも納得。
彼自身もまさに文武両道であったのだろうが、最終的に一致しきれないところで
命を絶ってしまったような気がしてならない。
「自我が肥大すれば、人は有り余る愛情を他者に向けるようになる」とも言う。
あまりに至極まっとうで、
なんだか日頃のもやもやがすとんと腑に落ちるような気になった。
それにしても、「僕には太宰のように一緒に死んでくれる女の人がいないから」と
笑って語っていた三島が、その2年後にあの事件を起こすとは。
「帰結」を想定しての楯の会結成だったのだろうか。
いつどこでどうやって死ぬか。彼はずっとそれを考え続けていたのだろうか。
彼は、「私がいちばん恐れるのは、動けなくなるまで生きていることだ」と
言っている。
精神が肉体の域を出ない、という彼の考え方からすると、
動けなくなってまでも生きていることは、とうに精神も死んでいるということなのか。
吉行淳之介は座談の名手、とよく言われた。
三島は座談の名手であると同時に、討論の名手でもある。
ユーモアもあるし、相手が学生であっても真摯に対応する。
当時の学生たちが論客である、というせいもあるけれど。
文学用の言葉、討論用の言葉、さらには個人的なつきあいの言葉。
ありとあらゆる場所で、三島は意図的に言葉を使い分ける。
それでいて、やはり彼はどこかで言葉を恐れていたのではないか、という
気もする。決して悪い意味ではなく。
三島の本当のコンプレックスは、肉体のことでもなく、
ロマンを拒絶していたのに、実は自分はロマンティストであったと
認めざるを得なくなったことでもなく、徴兵試験に受からなかったことでもなく、
実は出自なのではないか、とふと思った。
結局、自分は地べたを這うような苦労はしていない、という優位性からくる
逆転のコンプレックス。
そしてもちろん、そんな苦労はしたくてもできない状況にもあっただろう。
それだけは、自分の力ではどうにもならない。
私はどこかで三島の一生を、天才の悲劇ととらえている面があった。
もちろん、それだけではないけれど、その面は否定しきれなかった。
だが、肉声を聞き、彼の言葉の選択を聞いていると、
その才能さえ、ある意味で彼が疎ましく思っていたのではないかという
気になってきた。
ただのコンプレックスよりも、優位性が逆転してできあがったコンプレックスは
根深い。
しかし、実は彼にはそれを呑み込むだけの器量があったと思う。
個人的には、人としても男としても非常に魅力的だと感じている。
実は「三島についての評論」というものを、私はほとんど読んだことがない。
もちろん、文学的価値については、「最後の真の日本文学者」と思っている。
だが、文学者としての三島と、人間三島が、
気持ちの中で、一致していないもどかしさがある。
彼個人については、もう少し、自分で考えてみたい。
子供のころから、「お先っぱしり」と言われていた。
たとえば、親が「買い物に行ってきてくれない?」と言った瞬間、
すでに家を飛び出しているような、ちょっと大げさにいえば、そんな子だった。
何を買うと聞きもせずに飛び出してどうするつもりだったの、とあとでよく笑われた。
せっかちの粗忽者、という面は今も消せない。
思いついたら即行動、即発言、といえば聞こえはいいけど、
そのせいで、逆に人生、遠回りしていることもあるようだ。
急がば回れ、という諺もあったっけ。
自分が15年という長い時間、ずっと「こうだ」と思いこんでいたことについて
実はそうではなかった、とたまたま、わかってしまった。
それは決して悪いニュースではないし、私個人としては、かなりすっきりした。
自分にある種の決意があれば、とっくにわかっていたはずのことだし。
というわけで、自分自身には後悔もなにもないのだが、
自分の思いこみによって、結果的に人に迷惑をかけてしまっていた。
お先っぱしりもいいところだ。
お先っぱしりというよりは、完全なる独り相撲かもしれない。
お先っぱしりの女だから、「執着」とはあまり縁がなかった。
いや、基本的には仕事も人も粘っていい方向にもっていきたいと
思うタチだけど、粘りと執着は違う。
最近、自分が「執着」にとらわれているのだろうか、と妙な考えにとらわれる。
言葉をこねくりまわしてしまうよけいな気持ちや、
よけいな枝葉のような客観的感情が自分の中にあるのがとても疎ましい。
もっとストレートにシンプルに、幹だけで生きていきたい。
幹だけで生きていくには、肝心のその幹が太くないと倒れてしまうだろう。
ずっと、その場の本能的欲求と、その場の感情だけで生きてきたから、
ふわふわの根無し草が、太い幹を作っていけるのかどうかは疑問だが。
お先っぱしりは、一生、お先っぱしりから抜けられないのかもしれないなあ。
ただ、人に迷惑をかけてはいけない。それだけは自重しなければ。
数日前の、我ながらわけわからない日記「感情の発露」について、
「よかった」とメールくれた学生時代の悪友Sちゃん、本当にありがとう!
それこそ気持ちのおもむくままに書いてしまったので
消そうかと思っていたのですが、とりあえずこのままにしておきます。
ブログと違って、日記にはコメントをつけられないのですが、
みなさん、掲示板のほうに感想、いちゃもん等、くださってもかまいません・・・。
掲示板でも話題になったけど、人間がコミュニケーションをとるとき
言葉が果たす役割は、たった7パーセント。
あとは表情、語調など、「言葉」以外のもので占められる。
私自身が最近、感じるのは、言葉に対する脳内伝達のありよう。
これって人によってかなり異なるのではないだろうか。
たとえば同じ言葉を聞いたとき、どう受け止めるかは、
その人の経験則や日頃の考え方でずいぶん違うはず。
ある言葉で、そこから情報を100浮かべる人もいれば、
言葉通り、しかも相手の意図通りに1つだけ浮かべる人もいる。
さらに複数、情報が脳内で取り出されたとき、どの情報をいちばん的確なものとして
選び取るかも、人によって違うと思う。
ネガティブな人は、100の情報のうち最悪のものを選択するだろうし、
ポジティブな人は、最高のものを選択して、脳内処理をするはずだ。
以前、マイケル・ジョーダンが好きでよくアメリカNBAを観ていた。
第4クォーター、残りあと10秒。しかも3点差で負けているとする。
通常のゴールは2点なので、ワンゴールでは引き分けにも持ち込めない。
ある選手は、すでに諦めたような表情をふともらす。
だが、ジョーダンはそういうとき、いつも戦闘的な笑みを浮かべていた。
「絶対に、ひっくり返せる」と彼は信じている。
彼にとっては、残り10秒は、「10秒もあるじゃないか」ということになる。
だが、諦め顔の選手にとっては、「10秒じゃ何もできない、負けだ」と
決めつけているわけだ。
同じ10秒に対する考え方が、天と地ほど違う。
そして、ジョーダンは必ずひっくり返す。そこが彼のカリスマ性だった。
言葉についても、似たようなことが言えるのかもしれない。
常に最もいい情報を選択し、脳内に伝達して、実行していく。
対人関係も仕事も、そうやって進んでいったほうが、きっとうまくいく。
イメージトレーニングというのは案外、大事なものだと思う。
自己暗示というか・・・。
そういえば人生前向きに、常に常に前へ前へ、というのは
ジョーダンのバスケから学んだ大事なことだった。
パキスタン地震の新しいニュースを聞くたび、胸が痛む。
犠牲になったJICAの方と幼い子供。奥さんは救出されたとき、
「夫と息子が守ってくれた。ふたりが亡くなっているのはわかっているので、
あとでいい。生きている人を先に救出してあげてください」と言ったそうだ。
気丈な女性である。6時間も閉じこめられていたあとに、そんなことを言えるなんて
本当にすごい。
犠牲者は4万人にものぼるという。いまだ瓦礫の下にいる人々の中に
きっと生きている人もいるはず。援助物資も届いているのに、肝心の人たちには
わたっていないようだ。もちろん、助ける方も必死だとわかってはいるのだが、
おそらく犠牲がひどすぎて、なにも把握できず混乱状態なのだろう。
なにもできない私としては、こういうとき、いつもせめて募金なりと、と思う。
それが偽善であれ自己満足であれ、まったくなにもしないよりマシだと思うから。
このところ、何本かオペラに行ったけれど、
感動! すごかった〜というものには出逢えず。
総合芸術の場合、やはり出演者も演奏も演出も、
もっといえば衣裳も照明も、なにもかもがよかった、というケースは
めったにない。
年に1本、あるかどうか。
あとは「まあ、よかった」「まあまあ」「そこそこ」「時間の無駄」など
評価はいろいろだ。
だが、実際には、素人が客観的評価などできるわけもなく、
実は観るほうのそのときの気力体力というのが大きいと最近思うようになった。
寝不足でうとうとしつつ観ていても、決しておもしろいとは思えないし、
たまたま頭が冴えていて(めったにないけど)、細かいところまで目がいった
結果、よくできてる〜と感動することもある。
ナマの舞台は、演じるほうと観るほうのある種の対決と共有。
このバランスがとれたとき、いい舞台になるのではないだろうか。
昨日の日記はほとんど無意味な言葉の羅列・・・。
言葉を言葉として成立させるために、無理矢理吐きだしているかのようだ。
最近、やたらと「言葉」について考えてしまう。
書いても話しても、言葉はどこまで人の心に届くのか、ということについて。
何をどう表現したら、言いたいことが伝わるのか。
いや、そもそも伝えなければいけないのか・・・。
わかりあうのは、言葉によってだけなのか・・・。
考えすぎると、またドツボにはまる。
そういえば、珍しく、元オット(夫です)と電話で話す機会があった。
深夜、彼は泥酔状態。
まあ、私と一緒にいるときは朝から泥酔していた人だから、
深夜の泥酔はどうってことないのだが。
2年だか3年だかぶりに声を聞いたが、人間ってそうそう変わらないものだ。
以前は、彼女にふられるとよく電話をかけてきたものだが、
最近はとんとかけてこなかった。
私は元オット相手だと、人格が豹変してしまい、
言いたいことをがんがん言ってしまう。
「そういうところがアナタのいけないところなの! だからふられるのよ!」
などと言うと、「っざけんなよ、おめえだってよぉ」などという言葉が返ってくる。
この人、江戸っ子ではないのだが、落語に出てくるちょっと間抜けな長屋の職人、
みたいな気質なのだ。言い換えればフーテンの寅さんみたいだ。
学生時代の同級生で(彼のほうが2歳下だけど)、20代の大半を一緒に過ごして、
結婚までしたけど、お互いにめちゃめちゃに傷つけ合った。
若かった。理解しようとするより先に、まず相手に刃を振るっていた。
あれが「関係」といえるものだったのかどうか、いまだにわからない。
私が今も結婚しないのは、「結婚」という形そのものに
向いていない自分を見つけたからだが、
元オットの場合は、私に懲りて女全般が怖くなったから、らしい・・・。
寅さんはしきりにそう言うが、寅さんだもの、私以上に結婚には向いてないはず。
泥酔したままへろへろとわけのわからないことをしゃべり、
途中で意味不明の英語を連発したあげく、
寅さんは「じゃあな、またな」と電話を切った。
相変わらず・・・だが、元気でいることだけはよくわかった。
元オットは友だちでもなく、親戚でもなく、
本当に元オット以上でも以下でもない不思議な存在だ。
いつも泥酔しているのだから、車に轢かれないように。
たった4つの血液型で性格を判断するなんてめちゃくちゃな話だとは思うが、
私は知り合った誰からも血液型を当てられる。
「O型でしょ」と。
誰も迷わない。他の血液型をいわれた試しがない。
みんなの頭の中では、O型=楽天的、大まかという印象があるのだろう。
確かに私は、おおらかというと聞こえがいいけど、実は大まかであり、
緻密なところはまったくない。
最終的には「どうにかなる、大丈夫大丈夫」といってしまうので、
仕事で追いつめられている人は、ほっとするか腹立たしくなるかどちらからしい。
「人生、なめてんだろう」と怒られたこともあるけど、
「人生はなめているけど、人間はなめてない」と笑って言い返した。
自分の人生、なめてかかってしっぺ返しを食らってもかまわないけど、
他人をなめると大事なものを見失う。それだけはしたくない。
仕事できりきりすることもない。
まあ、今年の9月はトラブル続きで、ちょっとまいってしまったけれど。
こんなことは20年目にして初めてなので、逆にいい経験にはなった。
頭の回転も速くない。機を見るに敏、というタイプでもない。
ただ、これが江戸っ子のいけないところなのか、喜怒哀楽だけは激しい。
親しい友人たちはみな知っているけど、よく知らない人には「クール」な
タイプだと思われているようだ。
仕事上では確かに感情が上がり下がりすることはまずない。
ところがどっこい、私生活では、喜怒哀楽の表現が激しいようだ。
自分のことは自分ではわからないから、他人からの指摘で知るのだけれど。
大声で笑う、悔しくても悲しくてもうれしくてもすぐ泣く・・・。大泣き。
本人はその場ですっきりって感じなのだけど、
これ、実はひどく迷惑なのだとようやく気づいた。
しかも私は言葉を言葉通りに受け止めて泣いていたりするわけではなく、
その言葉の裏を読みすぎたり想像しすぎたりしているのだ。
うれしいときも同様なので、うれしいのに悲しいのかと思われたりする。
感情ががあっとこみ上げてくると、こらえようがなくなってしまう。
私的な関係に限られているので、仕事上は迷惑かけてないと思うけど、
そういう目にあわせてしまった友人知人、一族郎党には、この場を借りて
「ごめんよぉ。許しておくれよぉ」と言いたいところだ。
あなたのせいじゃないんだ、私は傷ついてるわけじゃない、
こういう表現をしてしまうタチなんだ、と言い訳したい。
私の場合、感情がこみ上げてきたからといって、誰かを非難したり
ひどい言葉を吐いたり、ということはほとんどない。
怒りは私にとって、冷静さとイコールで、
本当に怒ると、私はとっても丁寧な言葉遣いになって慇懃無礼そのものになる。
いや、だから泣いたり騒いだりしていいってもんじゃないけど。
があっと感情がこみ上げてきたら、とりあえず深呼吸をしなさい、と
言われたことがある。
泣くのはともかく、笑うのは別に場所を問わないからいいだろうと
思われるかもしれないが、それもまた困ることがある。
しーんとした場所とか、不謹慎ながら葬式とか法事とか、
そう言う場面で急に笑いがこみ上げてきてしまうのだ。
よく緊張してしまう場面で笑ってしまう、という話を聞くし、
悲しみが肥大化すると笑いに転化されてしまう、という説もあるようだが、
私の場合もいずれかなのだろうか。自分ではわからないが、なぜか笑ってしまう・・。
親戚の法事、我が父親の葬式、恩師の通夜・・・思い出すだけでも
自分が人でなしのように思えてくる。
感情をうまくコントロールする術ってあるんだろうか?
人間関係で、自分の気持ちを伝えるってとってもむずかしい。
なぜむずかしいかというと、同じ言葉を同じ感情でとらえるとは限らないから。
言葉は言葉に過ぎないし、ある種の符号にしかすぎない。
もっと大事なのは、その言葉に隠された心情であるはず。
だけど、それを伝えるのに、また言葉を駆使しなければいけない。
かと思うと、じっと目を見ているだけでわかりあえることもあるのに。
言葉が正しくて、感じることが錯覚というわけではないし、
その逆もまた真実とは限らない。
何を信じればいいのか、というと、
最終的には、おそらく相手の存在そのものなのだろうと思う。
存在そのものが確かなものと思えれば、細かいことなどどうでもいいのかもしれない。
どうでもいい、というのは逃げの意味ではなくて、超えていけるということだ。
三島由紀夫は、精神は肉体を超えられない、と言った。
ある意味では私もそう思う。
たとえばいくら外国に思いを馳せても、肉体がそこへ行ってみないと、
実際に行った感覚、感情はわいてこない。
そういう意味ではそうなんだけど、
言い換えれば、精神は肉体を超えて自由である、ともいえる。
肉体は動かなくても、精神はどこまでも動けるのだから。
だからこそ、人間はよけいなことを考えるし、不安になるし、
漠とした恐れを抱いたりもする。
雨のそぼ降る秋の夜長は、私もとりとめのないことばかり考えてしまう。
友人に、「あなたは自分の人生に何を求めているの?」と聞かれて、
私はなにも答えることができなかった。
なにも求めていない、とはいえないが、
これといって求めているものがあるともいえない。
お金とか名誉とか平穏無事とか、男に愛されること、とか美とか、
はっきりしたものがあると迷わないですむのかなあ。
別に迷っているわけではないのだが・・・。
女友達が、好きな人にふられたという。
一時期はかなり落ち込んでいたのだが、ようやく復活した様子。
かと思うと、失恋をずっとひきずって、新しい恋ができない、と深刻になっている
知り合いもいる。
好きな人に会えなくなるってつらいよね、
自分が全否定されている気持ちになるから・・・。
でもきっと、「お互いに好き」なときだって、その温度というのは
違うのだろうなあという気がする。
それに気づくと、妙に胸のあたりが苦しくなったりするのだけれど、
そこにこだわると、恋愛がパワーゲームになってしまう。
相手を変えることなんてできないし、振り向かせることもできない。
むきになって独り相撲とればとるほどつらくなる。
最後には逃げるか自爆するか、いずれにしてもいいことはない。
このところ恋愛がらみの取材を受けることがとても多いのだが、
「うまくいくコツ」なんて、ほんっとにない、とこれだけ生きてきても思う。
あったら誰か教えてほしい、とこっちが思うくらいなのだから。
どんなに好きでも、うまくいくとは限らないし、
自分の思うように愛されるなんてことは、まずない。
ということは、自分自身も相手が望むような愛し方はしていない可能性が高い。
どんなときでも、お互いの気持ちがすんなり添うなんてことはないのだろうか。
「ふられた」という女友達は、それでも自分は今も彼が好きだと
さわやかな表情で話してくれた。
戻ってきたら、いつでも受け入れる、と。
そのくらいの余裕で待っていられるなら、彼は戻ってくるかもしれない。
その決意は潔いのだけれど、やはりせつない。
人を好きになんてならなければいいのにね、
でもやっぱり好きな人がいるのはいいよねと、矛盾だらけの会話をした。
昨日、私用で、とある寺に行った。
お寺の隅に、燃えるような緋色の彼岸花が一輪、すっくりと立っていて
目を奪われてしまった。
特に自己主張をするわけでもないのに、ふと目を奪われる。
ま、自分がそんな存在になれるはずもないけど、どこか心惹かれるものがあった。
今日は珍しく取材が3件。
されたのが1件、したのが2件。
帰りに鈴本(寄席)にでも寄ろうかと思ったが、
さすがにちと疲れて帰宅。
帰宅するなり、うたたね30分。
その後、適当な食事をして原稿書きに入った。
昨日の猛暑から一転、今日は涼しい日だった。
こうやって季節は巡っていく。
いつも、新しい季節が始まると、すぐに次の季節の気配が
漂ってくる、と感じる。
夏の真っ盛りには、すでに秋の空気が入り込んでいる。
秋の風は、今にも冬の風に変わりそうだ。
ここを見ているみなさんにはご心配おかけしました。
婦人科系の調子が悪い、といろいろ検査を受けましたが、
無事、無罪放免されました。
とりあえず、大事には至らず・・・ご心配おかけしました。
励ましてくれたみなさん、本当にありがとう。
そろそろ「更年期」も近いのかなあ、という思いがあって、
ついでに、医者で女性ホルモン量を調べてもらっていた。
結果は・・・診察室に入っていくと、大好きな美人の女医さんも看護婦さんも
なぜかにやにや・・・。
30代前半の女医さんが、「更年期のコの字もないですよー。
私よりずっと数値がいいと思います」と笑っていた。
ホルモン量の数値的には、「まだまだぜーんぜん」だそうな。
「気分よく帰ってくださいね」と言われたけど、
ちょっと複雑・・・。
人間って、ある時期に「性の選び直し」をしないのだろうか、という
疑問を感じたことがある。
周りの親しい人たちに、「自分が男である」「女である」ことを
強烈に意識することがあるか、と聞いてみたのだが、
多くの人は「あんまり意識しない」「考えたこともない」という答。
私自身は、いつも「女」という性が重たくて、過剰に意識してきたから、
世間の人たちが、あまり意識していないというのを聞いてびっくりしてしまった。
高校を出るころまで、私は自分が女であることが嫌で嫌でたまらなかった。
男になりたい、と本気で思ってもいた。
だが、それは女という性が嫌であるから、逃避としての「男になりたい」であって、
たぶん、脳内が男であったためではない。
その後、大人の恋愛したりして、対男、という意味で
自分が女であると強烈に感じて、「女という性」を受け入れた。
女という性を楽しんで生きていこう、と感じた時期でもあった。
それからいろんな恋愛して、結婚もして離婚もして、
また女を否定して・・・。否定せざるを得ないできごともあったりした。
30代は一生懸命、仕事をしていたので、
なんとなく過剰に女であることを意識せずに生きてきた時期もあったけど、
このところまた過剰に意識するようになった。
自分の中の「女」と常に戦ってきたような気がしてならない。
その「女」が一体、何なのかと言われるとよくわからないのだが、
少なくとも社会的な意味での「女」ではない、と思う。
かといって、生物体としての「女」でもない。
もう少しいえば、本能としての「女性性」とでもいえばいいのだろうか。
だが、その本能が、どこまで社会的基準に侵されているかは
私にもわからない。
男友達が、「たとえば捨てられた子犬をなんとかしてやりたい、と
思うとき、それは自分が男だから、ではないと思う。女性を守ってあげたいと
思うときも、それと同じで、自分が男だからそう思うのかどうかはわからない」
と言っていた。
なるほど・・・。
あるいは男だから、という刷り込みがすでに脳内でなされている可能性もある。
ボーヴォワールは、女は女に生まれるのではない、女になるのだ、と言ったけど。
秋の夜長は考えることが多すぎる・・・。
今日のNHKスペシャル、打ちのめされて泣いた。
タイトルは「いのちの対話」、妊娠中絶にかかわるふたりの医師の取り組みだ。
中絶手術はしない、と決めて一度もしたことのない産婦人科医。
それもまた産婦人科医の必要悪のひとつであるとして、
心の傷が残らないように、と気持ちを砕くもうひとりの産婦人科医。
水子供養を繰り返す若い女性、
産もうか産むまいか、パートナーとのかかわりの中で揺れ動く女性。
産んだものの育てられず、子供を養子に出す十代の女性。
子供がほしくて、すさまじい不妊治療をする女性がいる一方で、
妊娠して困惑する女性がいる。
産めるのに産まない女性、産んでも育てられない女性、
しつけという名のもとに虐待する女性、
そして、どうがんばっても産めない女性・・・。
女と生まれたからには、必ず誰もがどこかで行き当たる問題なのかもしれない。
結婚して、問題なく子供を産んで、あれこれ言いながらも
無事に子供が育っていく・・・そういう状況が平凡ながらも
いちばん幸せなのかもしれない。
個人的には結婚制度にも戸籍制度にも、
あまりにも問題があると思うけれど、
ごく普通に家庭を営み、ごく普通に家庭生活を維持している人たちを
私は本当にすごいと思う。
もちろん、その中に入れば、いろいろ問題はあるのだろう。
それでも「維持」は「意志」だから、
意志薄弱の私は、意志をもって維持している人たちに対して、
いつもどこかで忸怩たる思いをもちつつ、畏敬の念を抱いている。
今年もあと3ヶ月かと思うと、妙に気が焦る。
何もかも思うようにならない・・・当たり前か。
仕事についても、このままではいけない、という思いが
どんどん強まっていく。
思い返せば(って、今頃気づいてどうするんだ、という状況だけど)
私は、人生そのものがもたらすいろいろなことから
結局、逃避しまくりながら生きてきたような気がする。
そのときそのときは、確かに一生懸命だったと思うけど、
今になれば、もっと粘ればよかった・・・ということもたくさんある。
粘れなかった・・・その結果が今なのだから、
それはそれで、自分が引き受けていくしかないのだろうけれど。
昨夜、ふっと「あと10年」と思った。
自分の人生をあと10年と仮定してみる。
私には組織も家庭もない。拠って立つ場所がどこにもない。
以前はある意味で、それが心地よくもあったのだけど、
最近は、大海原に放り出されたような気になることもある。
方向も見えない、いつまで浮かんでいられるのかもわからない。
いっそ沈んでしまえば楽だけど、自ら沈む勇気もない。
いつまで気力が続くのか、自分でもわからない。
そういう位置に自分がいる、ということにようやく気づいた。
決して落ち込んでいるとか、そういうことではなくて、
なんとなく人生最後の大きな「広場」にたどりついているような気がする。
ヨーロッパの広場のように、そこからは放射状にたくさんの道が散っていて、
自分がどの道を選択するのか、それを迫られているような。
今までと同じであってはいけないのだろう、
何か新しい視点で、もう一度、自分を見直さないと。
このところ、司馬遼太郎、池波正太郎、津本陽などの作家の書いた
「幕末もの」を読みふけっている。
新撰組も作家によって、それぞれの志士たちの印象がまるきり違う。
司馬氏はあくまでも情のある目で描いているが(特に土方について)
津本氏は、土方は冷酷な人間と言い切っている。
確かに、土方の冷酷非道な対処のしかたは特筆すべきものがある。
それでも、私はやはり土方に惹かれる。
武士でなかったものが武士になった、なりあがりものの強さを感じるからだろうか。
司馬氏の小説に、土方が京にいる江戸出身のお雪という女性に惚れたという
エピソードがある。真偽のほどはわからない。
だが、それが本当だったらいいなあ、という気にさせる。
津本氏の書いた新撰組のひとり、永倉新八は江戸出身。
江戸者らしく、こだわりがなくておおらかで、結局、明治になってからも
剣で生計をたてた人間として名高い。
生き残って、市井で生きていった幕末の志士のひとりとして、
志の高さがうかがえる。これぞ武士道、といったところだろうか。
さらに読んだのが「春風無刀流」。これはいつか行った全生庵を作った、
山岡鉄舟の物語。
これがよかった・・・。すっかり心酔してしまった。
文武両道というのは、山岡のためにあるような言葉。
さらに敵も味方も、すべての人を虜にしてしまう魅力があったようだ。
このところ、「男」についてよく考える。
男と女の関係は、あくまでも個人的なものであって、
自身の過去の恋愛パターンは何の参考にもならない、と思っている。
それでも、「時代が作り出した男のイメージ」というものは厳然として
存在するのではないか。
男女のボーダーラインがどんどんなくなってきて、
話している言葉だけでは、どっちが男だか女だかわからなくなってきている。
男が強くて女はか弱きもの、なんていう認識はもちろん、私にはない。
むしろ、どんな強い男より、弱ぶっている女のほうが根は強い。
女性はしたたかにできているのだと思う。
それでも、いや、だからこそ、強くなろうとがんばる男に女は惚れるのではないか。
そしてその渦中で見える弱さが愛しくなるのではないか。
女の強さは現実的なものだ。現実問題への対処は女性のほうが圧倒的に強い。
だが、理想を語ったり志を高めたり、という点ではおそらく男のほうが強い。
強いというべきかどうかわからないが。
目先のできごとに対処するのは女、長期的に自らを鍛えられるのが男、というべきか。
幕末の男たちは、そういう意味で、「男」だった。
男が男でいてくれないと、女は女でいられない。
だいぶ涼しくなってきて、歩くにはいい季節。
先日、もらいもののクッキーを一気に二袋も食べてしまい、
さらに今日は誘惑に負けて、ハムカツサンドを・・・。
私はもともと太りそうな食べ物が大好き。
だから野放図に食べていたら、あっという間に太る。
そこで今日はせっせとウォーキング。
でも途中で古本市にひっかかり、あとはなだれ込むように本屋巡り。
全然運動にならなかった。
しかし・・・秋を思い切り感じさせる風が吹いてくると、
なんだかさみし〜い気分になってしまう。
昨日も書きましたが、メールで励ましてくださったみなさん、
本当にありがとうございます。
いろいろ問題が重なっているところへ、自分自身が混乱して、
大事な人間関係を損ねかねないようなことをしてしまったので、
すっかり自己嫌悪に陥っておりました。
いくつになっても大人になりきれません。
とはいえ、自分が元気でがんばらないといけないので、
気持ちを切り替えて、がんばることにした。
なんとかどん底前に救われた、という感じ。
いろんな人に救われているなあ、と思う日々。
季節はすっかり秋。
昨夜気づいたけど、秋の夜空って、漆黒じゃない。
濃紺に濃紫が混じっているような、不思議だけどきれいな色。
案外空気が澄んでいるのか、夜空に星がたくさん・・・。
心身共にちょっとめげていたのだが、掲示板、あるいはメールでエールを送って
くださった方々、本当にありがとうございます。
心配してくれる人がいる、ということが支えになります。ありがとう。
朝青龍優勝!
2敗から琴欧州に追いつき、さらに優勝決定戦で退けての優勝。
経験ももちろんだけど、なんたって精神力がすごい。
勝った瞬間、うれしそうに笑っていたが、表彰式では泣いている場面も。
異国の地でがんばってきた24歳の若者だもの・・・。
つらいこともあっただろうけど、ひたすら突っ走ってきたのだろう。
立ち会い前の、ちょっと足を開いて斜めになったところで、
回しをぱんぱんと叩く仕草は非常にバランスがよくて美しい。
さらに勝ったあとのガン飛ばしは、いつ見てもぞくぞくするほどいい。
こうなったらぜひ7連勝、そして年間最多勝ち星を!
この言葉、案外嫌いではない。
なんとなく、ここまで来たら、いっそがんばってやろうじゃないか、という
気になるから。
一昨日だったか、夜中に目が痛いなあと思って鏡を見たら、
左目がお岩さん状態。
昨年のちょうど今頃、結膜炎を患ったのでまたか、と思っていたが
どうもたいしたことではなかったようだ。
目が赤くなったらご用心。
体力が低下しているときは、空気中の雑菌でも結膜炎になるそうだ。
今日はオーチャードホールのオペラ歌手総勢18人のガラ・コンサートへ。
イタリア在住のソプラノ歌手・岡崎他加子さんは、
私の大好きなお友達でもあるのだが、彼女も出場。
すばらしい歌声を聞かせてくれた。
あれだけの人数の中にあっても、それぞれのオペラの「役の魂」を
的確に歌いこむことができたのは、彼女だけではなかったか。
日本では有名な歌手が勢揃いしただけに、なんだか自分の存在を示すような
歌声に終始し、オペラの役の気持ちにまではなりきれない人が多かったように思う。
特に「リゴレット」の四重唱などは、あまりにそれぞれが自己主張しすぎて、
私は「アンサンブルが汚い」と感じてしまったほど。
ああいった、アリアや重唱ばかりのガラコンだと、どうしてもそのオペラ全体の中の、どういう場面での歌か、を考えるよりは、
歌そのものに力がこもってしまうのかもしれない。
でもファンなら誰でも場面は想像できるような有名なオペラばかりなのだから、
ああいう歌い方でいいのかなあ、という疑問が残ってしまった。
歌として単独で聞くには、上手な人はたくさんいるけど、
いざオペラ、という演技もしなければいけない、しかも長丁場の舞台になったとき、
どれだけの人が客を惹きつけ続けることができるのか。
そのあたりに日本のオペラ歌手の厳しさがあるのかもしれない。
9月はまだ終わってないけれど、なんだかつらい1ヶ月だった。
ひとつには、婦人科系の調子が悪くて・・・。
そういえば今年の初めも3ヶ月にわたって、婦人科系ではひどい目にあった。
自分の身体がどうにかなってしまったのではないか、というくらい。
あのときは、さんざんガンを疑われたりもしたのだった。
今回はまあ、ちょっとしたこと。
ま、医者に言わせれば精神的なものが大きいということだが。
それに加えて、仕事がらみ(仕事そのものではなく)での
問題が多々、勃発。こういうことは重なるときには重なるもののようだ。
一応全部、解決もしくは解決の方向へ行っているので、とりあえず
ほっとしたところ。
自分ではそれほど追いつめられている自覚がないし、問題というのは
時間も含めていずれ解決を見るはずだから、と構えているつもりだったのだが、
やはり精神的には「余裕」を失っているのだろう。
仕事とはまったく関係ない人間関係において、
些細なことで過剰反応してしまったりする。
これは明らかに、自分自身に余裕がなくなっていることの証拠。
すべての悪いエネルギーが、その些細なことに集約されてしまって、
人を追いつめるようなことをしてしまう。
ふだんはあまり執着したりこだわったりする性格ではないのに。
なんであんなことしちゃったんだろーと、ものすごい自己嫌悪。
さて、どうやってここから脱したらいいのだろう。
まずは精神的に、するっと別の場所に行ってしまうことが大事だ。
とにかく焦らず、気持ちを切り替える。
気持ちを切り替えない限り、ずっと同じことに拘泥してしまうことになるのは
わかりきっているのだから。
ふだんとまったく違う対応や反応をしてしまったとき、
「私は、どうかしてた」と自分では思う。
ただ、それは当然、もともと自分の中にある要素なのだろう。
ふだんは封じ込めているものなのか、
自分でも意識していない心の底に沈んでいたものだったのか。
自分にそういう、大きな「負」の面があって、
それがふとしたときに出てきてしまう可能性があるということだけは
しっかり心にとめておかなくてはいけない・・・。